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*学校は大都会の中
その後いくつか学校のトライアルを受けた。 その中でLRS(Language Repair Shop)という学校が気に入った。 ダウンタウンの東の外れにあるガスタウンという場所のさらに一番奥にあり、ツタが 絡まった雰囲気のいいレンガ造りの建物の中にあった。 素敵な入り口(秋の写真)
今までよく見てきたような、無機質なビルのワンフロア教室というのとは全く違って いて、感じのいい室内にいくつか教室があり、それぞれカナダの名物の名前が 付いていた。一クラスの生徒は3〜6人だけだった。 上の階には自習室があり、屋根裏部屋みたいな雰囲気で気に入った。 ここのトライアルは授業が見られず話を聞くだけだったが、すごくいい感触だった。 しかもここは授業の内容が分かれているので、発音やリスニングを単独で取れる。 カナダ名産の名のついた教室 2階の自習室。奥の壁にはビデオ
ある日ネットで色々調べていると、LRSは人気があるが小規模なので早く申し込ま ないといっぱいになって入れない、と知った。 そこで急いで留学センターに行き、とりあえず2ヶ月申し込んだ。 自分に合わないとよくないから念のため1ヶ月にすべきだったが、ネットでの口コミ の感想がどの人のも良いものばかりで悪い評判は全く聞かなかったので、信頼して 2ヶ月にした。
こうして、LRSでの新しい授業が始まった。 行ってみるとたくさんの新入生がいた。日本の学校の夏休みの間に勉強しに来る子 もいた。 アタシのクラスは日本人5人と韓国人1人だった。 驚いたことに日本人のおじいちゃまがいた。最初見たとき先生かと思った。 彼はリタイア後何度か英語を勉強しにバンクーバーに来ているんだそうだ。 尊敬・・・・・。 初めてアタシより(数倍)年上の日本人留学生に会った。 日本人の中で唯一な韓国人はかなりイイ味を出していて、アタシの「カナダに居る 韓国人の男の子は面白い」という偏見をさらに助長させてくれた。
他のクラスメイトたちもいい人ばかりで良かったが、先生も素晴らしかった。 Lというその先生はフランス人とイタリア人のハーフ、と言えばカッコ良くないはずが ない。すごくハンサムで背が高く、その上とても優しかった。 ヘタな英語でもうんうんと優しく真剣に聞いてくれる。宿題を忘れても怒らない(よく ない?)。 日本で5年ほど働いた経験があり、日本でも今でも、なんと俳優もやっているのだ! 確かにいかにも日本の女の子の好きそうな顔なんだけど、デビット・デゥカプニーの 知り合いだと聞き、彼のファンのアタシを一層喜ばせた。 小さい、狭い、でもイイ
Lの授業は朝9時から2時間のスピーキングの授業で、アタシはその他に発音と リスニングの授業も取った。先生はそれぞれ違った。 リスニングは残念ながらかなり退屈で、次の日に会話の授業に変更してもらった。 発音のクラスはとても勉強になった。 奥は日当たりのいい会話授業スペース ランチを食べる部屋もある
そんな感じでバンクーバーの新しい学校はとても良く、学校を変えて良かったなと 思った。 GP(グランドプレーリー)を出て以来友達が減って会話の機会がなかったため、GP を出るべきではなかったのでは、とチラッと思う時があった。 でもきっとまたバンクーバーでも友達が出来て、話す機会も増えるだろう。 実際、同じクラスの人たちと仲良くなったし。 ガスタウンではスチーム・クロックとギャシーとかいう人が有名
しかし、一つ残念なことが。 ビンボーだからなるべくバスを使わず歩いて通わなければならないのに、星の数ほど あるESLの中でこともあろうか一番遠い学校を選んでしまった。 超競歩状態でも45分かかる。しかも途中に魅惑的なベンチなんかあるとついつい 休んだりなんかして、結果遅刻常習犯になってしまった。 もうちょっと近ければいいのに・・・。 ページの先頭へ戻る
*恐怖の英語面接 〜2003年7月22日〜
今日は連絡があった例の熱望するツアー会社の面接だった。 このためにいい服いいクツいいカバンを買い揃え、久々に化粧もした。 たいして入りたくもない会社ならいいが、1年越しの想いが叶うかどうかが今日に かかっているのでガチガチになっていた。 ここのところとても忙しかったのでカタチ以外の準備が出来ず、当日の朝出掛けた。
面接はバンフ、トロント、バンクーバーの3箇所のいずれかでだった。 このことも少しあって、アタシはバンフかバンクーバーへ来たかった。 指定された建物へ行くと、ロビーには誰も居なかった。 いい服を着た若者たちがいっぱい居るのかと思っていたので拍子抜けした。 時間になると担当の日本人女性が来て、上の部屋へ連れて行ってくれた。 部屋にはカナダ人女性社員も居て、まず彼女と英語で面接となった。 このアタシが英語で面接するなんて!!ロンドンの頃に想像できただろうか。 しかしたった4ヶ月で超ダメダメ度が跳ね上がるワケもなく、アタシは緊張もあって 全っ然上手く話せなかった。 学校の先生と話すのなら良かったかもしれないが、相手は志望会社の面接官だ。 日本語でだって上手く話せたかどうか。 アタシの経歴が普通の人より少し変わっているので、彼女はそこにとても興味がある と言った。 で、その話題になるワケだが、アタシはアーとかエーとか繰り返すばかりでちっとも 説明出来ず、自分の経歴を恨んだ。
やがて地獄の時間が終わり、日本人の担当の方とは日本語で話し、仕事の説明を 受けて1時間ほどで終わった。 挨拶だけは英語でバッチリ・・・こんなんで受かるワケがない。 ドーンと落ち込んでその日は終わった。 ページの先頭へ戻る
*静かなるホーシュー・ベイ 〜2003年7月23日〜
明日、GPから日本人の友達が来ることになっていた。 それはロッキー旅行のとき一緒だったY子で、歳も非常に近い。 彼女もワーホリで2月から来ていたが、まだビザは残っているもののもう日本へ帰国 することにしていた。 が、本当はバンクーバーを見るつもりはなかったのだが、アタシが居るので逢いに 寄ってしばらく滞在することにした、と聞いて嬉しかった。
彼女が来たら、さっそく二人でビクトリアへ行くことに決めていた。 一番安い方法で行こうと色々調べると、市バスでスワッセンという南の町まで行き、 そこからBCフェリーに乗ってビクトリアへ渡り、さらにそこから市バスでビクトリアの ダウンタウンへ、というのが一番良さそうだった。 BCフェリーはウェストバンクーバーのホーシュー・ベイという所からも出ていて、そっち の方がスワッセンより格段に近いのだが、残念ながらそのフェリーの行き先はナナイモ だった。 でもBCフェリーの下見がしたかったのと、ホーシュー・ベイを見てみたいのとがあって、 今日は学校が終わるとホーシュー・ベイへ遊びに行った。
ダウンタウンからバス1本で行けたがかなり遠く、1時間くらいかかった。 どうせ終点なので寝ていると、隣のおじさんが「降りなくていいのかい?」とわざわざ 起こしてくれてしまった。 バスは既にウェストバンクーバーをかなり先まで走っていて、外を見ると周りは緑の 木ばかりになっていた。本当に木ばかり。 今まで外から緑の山に見えていたのはこれかぁと思った。 やがてホーシュー・ベイに着いたが、これもまた素晴らしい入り江だった。 両側は切り立った山で、その中に小さな入り江がある。BCフェリーが時々ボーッと 汽笛を鳴らした。 波はおだやかでヨットクラブもあり、人が多すぎず静かだった。 本当にとてもいい所だった。 汚れきった心が洗われるような気がしますね
それからBCフェリーのパンフをゲットして帰った。 ページの先頭へ戻る
*ダメダメからの脱出 −4ヶ月目−
出発して4ヶ月経った。 が、この1ヶ月間はあまり知り合いが居なくて話す機会がなかった。 なので特に進歩なし。 ・・・・・・これから頑張ろう。Lもカッコいいことだし。 ページの先頭へ戻る
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